KEIREKI × OKANE NO KACHIKAN
鍼灸師→看護師→プチFIRE主夫
3つのキャリアで気づいたお金の価値観
時給500円の鍼灸師時代から、看護師10年、そして家族を選んだプチFIREまで
この記事の目次
こんにちは、「お金と自由ラボ」のはとです。
このブログでは普段、新NISAや高配当株、家計管理といったお金のテーマを中心に発信していますが、今回は少し趣向を変えて、私自身のキャリアの話をしようと思います。
私は鍼灸師として2年、看護師として約10年働き、今はプチFIRE生活をしながら主夫としてブログを運営しています。遠回りに見えるこの経歴が、実は今の「お金の価値観」を形作った土台になっています。子育てや家族のことも交えながら、これまでのことを書いてみます。
1. おばあちゃんと、漠然とした「医療の道」への憧れ
私は昔からおばあちゃん子でした。よく懐いて可愛がってもらった記憶があります。ところが中学生の頃、そのおばあちゃんが脳出血で倒れ、そのまま寝たきりになってしまいました。
当時の私は何もしてあげられませんでした。ただ見守ることしかできない自分がもどかしくて、悔しくて。この経験が、漠然と「医療系の仕事に就きたい」という気持ちにつながっていったんだと思います。
理学療法士、看護師、鍼灸師。どれにするか本気で悩みました。最終的に鍼灸師を選んだのは、開業もできて、患者さんに直接触れて治療ができるという点に惹かれたからです。母の勧めもあり、専門学校への進学を決めました。
正直、勉強はそれほど得意ではありませんでした。それでも必死に食らいつき、なんとか国家試験に合格。将来の夢のようなものもできて、街の鍼灸整骨院に鍼灸師として勤め始めました。
2. 時給換算500円。鍼灸師として働いた現実
現実は甘くありませんでした。1日10時間、週6勤務。時給に換算すると、およそ500円でした。
レセプト(保険請求業務)がある月末は、日付を跨いで帰宅することも珍しくありませんでした。休憩らしい休憩もほとんどなく働く毎日。社会経験がなかった私は「社会人ってこんなものなのかな」と最初は思っていましたが、徐々に、確実に、心がすり減っていきました。
【ファクト】鍼灸師は開業権を持つ資格で、軌道に乗れば収入は青天井とも言われます。ただし勤務先によって労働環境の差が大きく、開業初期や勤務時代は低賃金・長時間労働になりやすいことも実情としてあります。
幸いだったのは、職場の同僚たちがいい人ばかりだったことです。それが唯一の救いでした。人間関係に恵まれなかったら、もっと早くに心が折れていたかもしれません。
将来開業して軌道に乗れば給料は青天井。頭ではわかっていても、自分が開業して経営者として働いている姿が、どうしても想像できませんでした。
| 時期 | 職業 | 働き方の実態 | 当時のお金の状態 | 心の状態 |
| 20代前半 | 鍼灸師 | 1日10時間・週6勤務 時給換算約500円 |
貯蓄する余裕はほぼなし | 徐々にすり減る |
| 20代〜30代 | 看護師 | 急性期・訪問看護・施設看護 合計約10年 |
一時期は浪費家に | 安定と迷いが混在 |
| 現在 | プチFIRE・主夫 | ブログ・資格勉強・育児 | 資産3,000万円を達成 | 穏やかで満たされている |
※表は横スクロールでご覧いただけます
3. 「逃げ」でもよかった。看護師への転身
転機になったのは、仲の良い同僚が公務員試験を受けると聞いたことでした。それを聞いて、私も自分の将来について真剣に考えるようになりました。
まだ20代前半。学び直すなら今しかないと思い、看護師になる道を選びました。正直に言うと、逃げの気持ちもあったと思います。それでも、鍼灸師という仕事、そして今の職場から離れたいという気持ちの方が強かったんです。
【アクション】「逃げ」だと思う選択でも、行動してから後悔しなかったかを振り返ってみると、その決断が本当に逃げだったのかどうか見えてくることがあります。
親に相談したときも、案外あっさりと「やってみたらいいんじゃない」と言ってくれました。いつも私のやりたいようにやらせてくれた親には、感謝しかありません。
鍼灸師を取ったことを後悔しているかと聞かれれば、していません。看護学校時代、そして看護師になってからも、鍼灸師としての知識や経験がとても役に立ちました。人体の構造や東洋医学的な視点は、今振り返っても無駄ではなかったと感じています。
4. 看護師10年で見た、働き方ごとの「お金の景色」
看護師として働いた約10年間、私は急性期病院、訪問看護、施設看護と、3つの異なる現場を経験しました。同じ看護師という資格でも、働く場所によってお金の景色はまったく違いました。
急性期病院では夜勤手当がつく分、収入は安定していました。ただし勤務は不規則で、心身への負担は大きく、そのストレスを発散するように使うお金も自然と増えていきました。訪問看護や施設看護に移ってからは働き方は落ち着きましたが、その分、収入や働き方の優先順位を自分で見直す必要がありました。
【ファクト】看護師の収入は夜勤手当の有無や勤務先の形態によって大きく変わります。同じ「看護師」という肩書きでも、働き方次第でお金との向き合い方は変わってくるというのが、10年間現場を移りながら感じたことです。
看護師は忙しい仕事だからこそ、お金の勉強をする時間を取りにくいという声もよく聞きます。私自身、夜勤明けの日にはお金のことなど考える余力がなく、気づけば衝動買いのような形でお金を使ってしまう時期もありました。
5. 浪費家だった私を変えた、一冊の本との出会い
看護師になってから収入は安定しましたが、一時期は浪費家になっていました。夜勤明けのストレス発散のような形で、気づけばお金を使ってしまう。そんな生活をしていたこともあります。
そんな私を変えるきっかけになったのが、『3000円投資生活』という一冊の本でした。少額からでも投資を始められること、そして節約と投資を組み合わせることで将来への不安を減らせることを、この本を通じて知りました。
【PR】私を変えた一冊
投資初心者だった当時の私が最初に読んで救われた本です。専門用語が少なく、少額からでも始められると教えてくれました。
▼ここに『3000円投資生活』のアフィリエイトリンク(A8.net等)を挿入
そこから旧NISAで積立投資をスタートし、以来コツコツと資産形成を続けてきました。新NISA制度が始まった今は、当時よりもさらに始めやすい環境が整っています。まだ口座を作っていない方は、この機会に検討してみるのもいいかもしれません。
【PR】新NISA口座開設
私自身も利用している証券会社のリンクをここに設置できます。
▼ここにSBI証券・楽天証券などのアフィリエイトリンクを挿入
6. 3度の流産を経験して、家族との時間を選んだ理由
お金の話からは少し離れますが、この経歴を振り返るうえで欠かせない出来事があります。私たち夫婦は、これまでに3度の流産を経験しました。
当時は本当に辛い時期でしたが、そのたびに夫婦で支え合いながら乗り越えてきました。そして今、第二子がお腹の中で安定期に入り、上の娘と合わせてもうすぐ4人家族になります。
【私見】この経験を通じて、資産形成そのものが目的ではなく、家族との時間を大切にするための手段なんだと、改めて実感するようになりました。娘の入学までに3,000万円という目標を立てて達成できたのも、この気持ちが土台にあったからだと思います。
看護師として働き続けるという選択肢もありましたが、娘との時間、そしてこれから生まれてくる第二子との時間を優先したいという気持ちが強くなり、プチFIREという道を選びました。お金を増やすことと同じくらい、それをどう使うか、何のために使うかを考えるようになったのは、この経験があったからだと思います。
7. プチFIREを選んで見えた、これからのお金の目指し方
娘が小学校へ入学するまでに資産3,000万円という目標を立て、今年達成することができました。相場環境という運の要素はもちろんあったと思いますが、それ以上に、あの時給500円の日々を知っているからこそ、コツコツ続けることの大切さを実感として持てているのかもしれません。
現在は次の目標として、下の子が小学校へ入学するまでに資産5,000万円を目指しています。子どもが2人になれば、当然生活費も教育費も増えていきます。プチFIREだからこそ、家計の見直しはこれまで以上に丁寧に行っていく必要があると感じています。
【アクション】4人家族になるにあたっての固定費シミュレーションや、子ども2人体制の家計管理については、別記事で詳しくまとめる予定です。あわせて読んでいただけると嬉しいです。
▼関連記事へのリンクをここに挿入(例:産後・妊娠中の給付金記事、プチFIRE世帯の車所有コスト記事など)
8. 資格勉強という「もう一つの資産形成」
プチFIRE生活の中で、私は簿記3級を取得し、現在は簿記2級とFP3級を並行して学習しています。お金の知識は、資産そのものと同じくらい大切な「資産」だと考えているからです。
鍼灸師時代には専門学校で必死に勉強し、看護学校でもう一度学び直した経験があります。あの頃の「頭がそれほど良くなくても、必死にやれば形になる」という感覚は、今の資格勉強にもそのまま活きています。
【PR】資格学習をサポートするサービス
簿記2級・FP3級の勉強で実際に使っている教材や通信講座をここで紹介できます。
▼ここにスタディング・ユーキャン等のアフィリエイトリンクを挿入
看護師という専門職を経験したからこそ、資格取得のプロセスそのものに苦手意識がありません。この経験は、これから何かに挑戦しようとしている読者の方にも、きっと役立つはずだと思っています。
9. まとめ:行動するかしないか、それだけなのかもしれない
普段の私はどちらかというと優柔不断で、なかなか物事を決められない性格です。それでも振り返ってみると、人生の転換期と呼べるような場面では、なぜか行動できていました。
鍼灸師から看護師への転身。3度の流産を経てもなお前を向く選択。そして今のプチFIREという生き方。どれも、今の環境を手放すのはとても怖いことでした。人間は慣れの生き物で、恒常性を好みます。動かないことの方が、圧倒的に心地いいんです。
【私見】プチFIREも、正直「怖くてできない」とずっと思っていました。それでも、やってみたら案外うまくいっている。人生って、意外とそういうものなのかもしれないと今では思います。
時給500円の鍼灸師時代、浪費家だった看護師時代、3度の流産という辛い経験、そして今のプチFIRE主夫としての生活。遠回りに見える経歴ですが、それぞれの時期で得たお金への感覚と家族への想いが、今の自分を形作っています。
投資にはリスクがありますし、キャリアの選択に「正解」があるわけでもありません。それでも、自分の経験が誰かの背中を少し押すきっかけになれば嬉しいです。



コメント